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災難


161.

厨房の頃、とあるクラスで異臭騒ぎが起こった。うんこの臭いである。
その時は、臭いね、臭いね、ということだったが、先生の手前、普通に授業は進行していったそうな。

そして、掃除の時間、それは発見された。
大便の便器がクソまみれなのである。そして、流そうとしたら、何かが詰まって水が溢れ、廊下までクソ水があふれ出る始末であった。

便器を詰まらせていたものは、グンゼのブリーフであった。そして、これにはこう書いてあった。
3年8組 竹○ ○○・・・
推測するに竹○君の、小学校の合宿以来の伝統のブリーフのようである。
当然彼は、晒しあげにされ、よく観察するとシャツの背中の部分にもクソがついていたりしたそうな。

しかし、そんな大事件が起こっていても、案外クラスが離れていると分からないものである。
俺たちにはそのとき、便所が詰まって溢れた、という情報までしか来てなかった。

そして、俺と友人Kはいつものように部活へ向かった。
すると、部活出席率ほぼ100%の竹○君が帰ろうとしているではないか。
俺は、「あれ?今日さぼり?」とだけ聞いたさ。ふつうに。
うん、とうなずく竹○君。ちょっと悲しそうだったかもしれない。

すると、友人Kがとんでもないことを口走りやがった。

「下痢か?」

である。
運の悪いことに、当時の友人Kの口癖がこの「下痢か?」なのである。まったく悪意はなく、ジャストミートなのである。

後日、ことの真相を知った俺たちは悪いことをしたなぁ、と反省した。ごめんと謝ろうかとも考えた。
しかし、異臭騒ぎの時に、竹○君が比較的積極的に「臭い臭い」と連呼していたというのを聞いたので、馬鹿は放っておけという結論に落ちついて止めた。


162.

消防の頃の話である。

たぶん、男性の大半には共感していただけると思うが、笛のテストや鍵盤ハーモニカのテストは大変恐ろしい関門であった。

俺はその日、鍵盤ハーモニカのテストの日だったらしいのだが、完全に忘れていたため、まったくひけなかった。
ひく、ひけない以前に、楽譜すら読めてなかった。正直まいった。

が、今ならまいったですむが、当時は消防、半泣き状態でびびりまくりである。

そして、テストは教室の一番左の列から後ろへ、そして2番目の列から後ろへ、という順序で進んでくるのである。
ちょうど、俺は教室の右の方に位置していたため、順番は後半である。もしかしたら、今日自分の番まで回ってこないかも?と期待を始める俺。

あと、授業が35分で、ひとりあたりだいたい2分かかってるから・・・・ギリギリ間に合ってしまう。
ああ、あいつなんで練習してこないの?ってしかられてる・・・まずい・・・俺もだ・・・
あの女の子すげぇな、完璧じゃん。けど早く終わらせるんじゃねーよ・・・もっと詰まれよ・・・

等、いろいろ思うところがあったのだが、どう考えてもギリギリ俺まで回ってくる。ああ、恥をさらしたくないなぁ。
で、もう俺の2人前まできた。アウトだ。死ぬ。
とその時!!

足元に液体が広がってくる!?

こ、これは、もしや!!とっさに机を持って下がる俺。
それに呼応して、左右と前の奴も机を持って移動。
そして、泣き声・・・・嗚咽・・・・

俺の前の席の奴が漏らしたのである。モジモジしてるから、こいつも練習してねーんだろーなーと思ってたが、俺とは理由が違ったようである。

そして授業は終了。俺は彼に感謝した。

そして、3日後のテストでは、練習を重ねた俺は先生に誉められたが、漏らした彼は学校に来ていなかった。
彼が再び登校したきたのは学期明けのことであった。

そして、彼はこの間に学校を休んだことがきっかけで、掛け算と割り算をマスターできず、そのまま落ちこぼれていった。
それ以前の彼は、学年でも指折りの切れ者であった。
以後、中学に進学し、高校受験で誰でも名前さえ書ければ入れるという私立高校へ入ったらしいが、DQNにターゲッティングされ中退したそうである。


人生には、許されないミスが存在するので、みなさんも自分の子供にはこの点だけは注意してあげてほしいと思う。


163.

工房のころチャリで学校に通ってたんだけど
マンションの横を通すぎたときに窓が閉まる音がしたんだよね
それと同時に俺の頭の上になにか落ちてきてそれ触ったら
指に電気が流れるような激痛がしてすごくパニクったことがあった
マンションの住民が何か落としたんだろうけどなんだったんだろうなあと思う
毒の毛虫?ぽかった


164.

消防時(40年近く前)、給食についてくる飲み物は、
米軍お下がりの「脱脂粉乳」だった。誰もが教師に隠れて捨てたものだ。
ある日、良い子ぶりっ子だがお調子者、しかも「運痴」の俺が給食当番。
颯爽と割烹着を着て、配膳テーブルを飛び越えると・・・着地点には、
チンチンに熱くなった脱脂粉乳を入れた、巨大なヤカンが。。。。

床中に脱脂粉乳をぶちまけ、教室は阿鼻叫喚。本人は右足のくるぶしから下の
皮がズル剥けになった。でも、クラスの一部(特に男子)からは、
「体を張って脱脂粉乳を打倒した英雄」の称号を授けられた。
今でも足の甲に、ズル剥けの痕がうっすらと残っている。


165.極めて名無しさん

厨2の時、同じ部活のKってヤツが居た
(ちなみに、Kは消防の頃兄貴と喧嘩して額に鉛筆の芯が入ってる)
ある日、体育館で部活やってたワケで休憩の時に外の水飲み場に逝った、
水飲み場に近寄る漏れ達・・・そこに少し前から校内に潜入していた犬が一匹
当然、消防でもないので犬如きにビビる漏れ達では無い、犬は基本的に無視していた

しかし、水飲み場に到着した漏れ達にその犬がもの凄い勢いで走ってきた
なんだ!?っと思っていた矢先に事件は起きた
そう、その犬が友人Kに飛び掛り腰を微妙に振った、そして飛び散る白濁液
Kは童貞だったが、初めて犯されたのが犬だったと・・・

そのネタは漏れ達が卒業しても尚、後輩達に受け継がれましたとさ


166.

消防2年の夏、学童保育(放課後、家に人のいない子を集める所)で
指導員さんがスイカを切ってくれることに。
お調子者で仕切り屋の俺は、「みんな並べ!」と叫んでちゃっかり最前列。
「スイカが切られるそばから、並んでいるやつらに授与」を目論んだ。
指導員さんが渾身の力でスイカに一太刀目を見舞う。
俺「このままでは切れたスイカが転がってしまう」
俺「押さえなければ、押さえなければ・・・」
で、手を出すタイミングがあまりにも早過ぎた。

うずくまる俺の指先は血だらけで、左手薬指は、切断こそ免れたが骨まで見えた。
後で聞いたら、皮まで赤くなったスイカは、
さすがにみんな食べられなかったそうだ。ごめん、悪気はなかったんだよ。

30ウン年たった今でも、左手薬指の変形を見ると思い出す。


167.

小学生の頃の話。

学校は田舎にあるほのぼのとした学校で、
俺のクラスでは1〜5年までウサギを飼っていた。
ある日、(確か3年生の頃だが)ウサギの小屋の引っ越しをすることとなったのだが、
その移転予定地はそれまでに死んだウサギが埋めてある場所だったため
その上に小屋を置くのはよろしくないということで、
とりあえず死体を掘り出して別の場所に動かすことになった。

ざくざく掘るクラスメイトたち。(自分傍観)
あー、なんか白っぽいもん出てきたなあ。ん?ありゃスーパーのビニール袋か。
そういやそんなもんでウサギを包んで埋葬したんだな、と感慨に耽っているうちに
ビニール袋はすっかり掘り出され、級友がその手にぶら下げていた。

......へー。なんか重そうだな。
中身が(死体が)まだ形を残してるのかー。
そりゃビニールに包まれてりゃ土に還るはずもないわな。
........アレ? ウサギって固形だった...よな?
あのビニール袋から透けて見える赤いドロドロしたもんは...よもや....
ギニャアアアアアアアアア!!!!!!!

その元ウサギだった液体に対して
何故か周りがあまり騒いでなかったのが印象深い。
............担任もきちんと土葬の方法は指導しようよ。


168.

消防。ダーツって流行った。
今はどうなんかなぁ〜。牛乳ってビンで紙蓋ついててセロハンがかかってる?
オイラ達はそれでダーツを作った。
セロハンの中央に画鋲を刺して、○の方を包みこむようにして、テープを巻く。
テープの巻く位置や巻き数によって、投げた時の軌跡が変わって楽しめた。
ドアなどの木製(ベニヤ)のところに投げて遊ぶ。

大ブレイクした遊び。
一通りみんなが投げたあと、全員でまた抜きに行く。その時、ある一人がチョット
遅れて抜きに行った。
まだ遅れて離れたヤツがソコにいるにも関わらず、一人のバカチンがダーツを
放った。遅れたヤツは、そんなの知らずに振り返る。
ダーツは思いっきり額の中央にぶち刺さった。

ゾっとしたね。もしも少しでもずれていたら・・・。
大ブレイクしたその遊びは、その瞬間から自主規制。


169.

厨房のとき、夏休みの宿題で出た絵を廊下の壁に貼る際、
床に落ちていた紙に乗ってしまい、背中からドスンッと転んだ、
幸い頭は打たなかったけど、なんとも言えぬ悪寒が背中に走った、
直後、後ろにいた女子の悲鳴が、背中に無数に刺さる画鋲。
痛みを通り越して寒かった、なぜ?
白いYシャツが赤いドット柄(笑


170.OBさん

大学時代、学内の女子寮に住んでた。
ある時、寮内で下着泥棒が横行。
噂では隣の棟の男子寮生が犯人だとか。
私の隣人達もタンスから、洗濯カゴから、ブラやらパンツやら盗まれた。
そんな中、
なぜか私だけ
窓際に干してあった下着は無傷で、カバンの中の財布盗られた。


・・・・チョト傷ついた。


171.浅間山荘ライブさん

夜友達の家に遊びに逝った
そいつの部屋は玄関通らずにサッシ開けてそのまま入れるんだが
いつもの通りガラッと開けて入ったら
友達がパンツ下ろして股間を隠していた
そして今まで聞いたこともないようなか細い声で
「見ないでぇぇ」と・・
見たくないっての


172.ポカリ派

工房時代、休み時間にポーカーが大ブーム。
お金はかけずに負けた何人かで罰ゲーム。
その時は日本史の授業で「従軍三有志」だかなんだか
とにかく三人で爆弾抱えて突っ込んだとか突っ込まないとか
言うのがあって、それを人間でまねることに。

授業のある時間になったら
「俺たち、従軍三有志!」
といって立ち上がり、一番負けの込んだ奴を
三人で抱えて先生のところに突入!

のはずだったのだが、一番前の席で曲がりそこね爆弾役の頭が壁に激突。
いい音でした。


173.ひょっとして最年長さん

30年近く前の工房の時、共学、私服という超軟派学校に
通っていたけど、漏れたちのクラスの大半の男には浮いた噂もなかった。
学校の周りの山に「秘密基地」など作って遊んでいる奴らなんか、
クラスメートでさえ相手にしないのももっともだ。
といって、その時代でも工房が「やりたい盛り」なのは一緒。
漏れらにも「少しずつ」春は近づいてきていた。
一番発展家だったのは○井君。彼はクラスメートと仲良くなり、
わざと遅刻して、二人で登校する姿をクラスの皆に見せつける
(クラスの窓から、登校する道が見えた)という行動で、
優越感をあらわにしていた。
それで満足していればよかった○井君だが、そのうちコンドーさん(死語)を
持ち歩くようになり、「そのうちやるんだ〜。ルンルン(ハート」などと
ほざいていた。
ある日、授業中に2人がいない!
気がついた漏れたちはもう授業どころではなかった。
八方手を尽くして校内を探し回ったのだが見つからない。
「さては町に出たな」と捜索をあきらめたのだが、
そのうち○井君は意気消沈した様子で帰ってきた。
漏れたちは、密かに「遅れを取らなかった」喜びに浸りながら
つい、「なぜいなくなったんだ」と聞かず
「で、どうだった?」と聞く過ちを犯したのだが、
彼はそんなことには気がつかず、告白を始めた。

クラス一の発展家の称号におごった彼は、
あろうことか、山の中の秘密基地に彼女を誘い、そこでのしかかろうとしたのだった。
木の枝で周りを囲い、笹の葉を敷き詰めただけの秘密基地!!
「確かに人は通らんが、あそこじゃ誰も股開かんだろ」と思いながら、
彼の行動力への羨望と、失敗への「ザマミロ」感に浸っていた我々だが、
彼の失敗の様子を語る言葉に凍り付いてしまった。
以下、彼の証言
「キスだけはできたんだ。雰囲気も良かったんだ。
でも、あいつを押し倒して、ブラウスのボタンに手をかけた時、
あいつは、下からものすごく冷たい目をして言ったんだよ」

『あなた、今どういう顔をしているか自分でわかる?』

「で、なにもできなくなっちゃったんだ」

○井君へ。いくら漏れたちがしつこく聞いたからと言って、
もう少し強がって脚色して欲しかった。
おかげで高校在学中はもちろん、卒業してからも、
「いざ」と言うときに呪いの言葉が耳元で囁かれ、
萎えてしまったことが数回あった。
でも、オヤジのノスタルジアなのかも知んないけど、
言葉ひとつで呪いにかかる高校生なんて、
結構可愛いと思われ。という、ジジイの萌えネタでした。


174.

消防の金曜日、あれは忘れもしない・・。

俺が机の整理をしていると、同じクラスのカワイイ娘達が俺に声をかけてきた。
「明日の休み、どっか行かない?」
と言い、俺の机にあった折り紙に(日曜の2時に○○駅)と書いた。
俺は信用できず、反抗したが、娘はこう言った。
「みんなも行くよ?」
友人を指差すと、友人が焦った感じで、「あ、行くよ」と言った。

元々、俺は人に不信感を抱くようなヤツじゃないので、
「好きな娘とデート」ということしか考えてなかった。


しかしだ、
金曜日に誘われたのに、土曜日の夕方になっても連絡がない。
もう一度折紙を見るが、しっかりと月日時間が記されている。

躊躇いながらも、その娘達の中で最もカワイイ娘に電話することにした。

「○○ちゃんいますか?」と緊張しながら言うと、
すぐにその娘が電話に出た。
俺は聞いた。
「あー、あのさ、嘘だと思ったんだけど一応。
 日曜日に出かけるって言ってなかった?
 今、カバン見てたら折紙が出てきてさ。
 そんで、ぁ」
と、俺が全部言う前に、その娘から衝撃の言葉が返される。


「あはは、そんなの嘘に決まってんじゃん、
 信じないでよー、気持ち悪い」

俺は放心状態でなにも言えなかったが、数秒後に
「やっぱね、ただ気になっただけだから」
こう言うと、俺はすぐに電話を切った。

心臓の鼓動が、少しずつ小さくなっていくのがわかった・・。


月曜日、俺が登校すると、既にその娘より渡った噂が広まっていた。


175.

中学の時、俺はバスケ部だった。
その日は外練習の日で、練習が終わり薄暗くなったグラウンドを
俺はボールの入ったカゴを引きずりながら後ろむきに歩いていた。
野球部のネット裏を通った時、突然頭に強い衝撃があり、俺の意識は遠のいた。
ネットに斜めに立てかけてあった鉄のトンボを踏み、急激に立ちあがったトンボの柄で
後頭部を強打したのだ。

完全に意識を失い、気がついたら病院のベットの上だった。
母親と教頭と見知らぬ女のコがベッドの横に座っていた。
女の子は倒れていた俺の第一発見者で、一学年上。
心配してここまでついてきてくれたらしい。
美人ではないが、ちょっと可愛い感じの子だなと思った。

縁とは面白いもので、その女の子と俺は10年後になぜか大井競馬場で再会し、
なぜか今では俺のかみさんになっている。


176.

中3の時。受験も皆より早く終わり(俺は推薦)、夜遊びなど夜更かしをしまくった。
ある日、朝礼があった。
俺は貧血気味で座っていたが、やっと終わり教室に入った瞬間、安心したせいか気を失い卒倒した。しかし、俺というキャラはアフォと認識されていたので、何故か皆冗談だと思っていたらしい。
誰も助けてくれなかった・・・。
N君のバッグが置いてなかったら今ごろは頭ぶつけて死んでいたかもしれない


177.

小4の時、学校で遠足に言ったときの「痛い」話

そのときの遠足は、どこか山の方に行ったのか、展望台みたいなところだったと思う。
あまりにも何もないところだったので「あー、帰りてえ」とか思ってたら
なにやら後ろの方でざわめきが・・・
「蜂だー!逃げろー!!!」
なーんだ蜂か。当時はカブトムシのためなら、それの5センチ横にいるスズメバチも
怖くないような虫好き少年だったので、そのままボケーっと座ってました。
でもなんか周りのみんなが騒ぎまくってるので、なんか仲間はずれみたいでやだな、
と思い、騒ぎに参加することにしました。
「わわわぁぁぁーーーーーーー」
「キャーーーーーーー!!」
「落ち着いて〜。みんな落ち着いて〜。」
「うわーーん」
こういうパニック状態は、なかなか楽しいものです。
さーて、もう走り疲れたなというとき、俺は見事にコケた!
俺「うわっ!」
しかも運が悪く、目の前には階段が!
ガッ
ん?変な音がしたぞ?どこをケガしたんだろう?なぜか痛みは襲ってきません。
とりあえず頭から順に点検していくことに。
「頭と顔は大丈夫だ、血は出てない。腕も大丈夫だな。
足は・・・・・・うわーーーー血だーー!」
なんと転んだ拍子に向こうずねを階段の角っこにぶつけたらしいのです(当然、
当時は半ズボン)。
見事にパックリ逝ってます。にもかかわらず痛みはほとんどありません。というより
右足一帯の神経が麻痺しているのか、プルプル痙攣しているだけです。
俺「せんせー!せんせー!」
その奇妙な感覚にビビった俺は、すぐさま先生を呼んだ。
担任「どうしたの?・・・・ヒッ!」
定年間近であっただろう、その老教師の驚いた顔は忘れられません。
その老教師が硬直してる間に保健室の先生がきてくれました。
保健「あら、ひどいわねえ。」
こちらは、こういうケガは日常茶飯事なのか、冷静に対処してくれました。
ええ、キズバン1枚で済ましてくれました。
当然血は止まらず、キズバンを真っ赤にした後、タラリタラリと垂れてきました。
仲の良い女の子が「大丈夫?包帯巻いてもらったら?」とか言ってくれましたが、
強がりたい年頃の少年です、「こんなのへっちゃらさ。」と青い顔で答えました。

さてさて、学校に着くと
例によって事後集会みたいなのが開かれました。俺としては早く家に帰してほしい
なあ。結構痛くなってきたし。そんなことを考えてるうちに校長が出てきました。
校長「え〜、今回の遠足はケガもなく皆無事に・・・・・・」
担任「校長先生・・・」
校長「ゴホン、ケガも少なく・・・」
このときから校長が、ちょっと嫌いになりました。
今思えば、かなり良い校長だったけど。毎朝校門で挨拶する人だったんだけど。雪降ってても、遅刻してくる子を待ってまで挨拶してたからね。


178.ひょっとして最年長さん

1970年代初頭の厨房時、運動会の「男の花道」は、
なんと言っても棒倒しだった。当時は、放課後に集められて
教師の指導のもとで「練習」までやったものだ。
そんな練習会のある日、漏れが敵の棒の先端に上り、
見事に倒して行くと・・・
「ぎゃあ〜っっ!!!!」という悲鳴と、「べきべきっ」
という音が、棒の根元の方で聞こえた。

折り重なっていた皆が脇によけると、
人と棒に挟まれていた○越君がのた打ち回っていた。
肘と手首の間に、「もう2つ」関節が増えていた。

事故も迫力あったけど、
本番の運動会で棒倒しが中止にならなかったことが
今考えるとすごいと思う。
漏れは、さすがに敵の棒に突っ込む気にならず、
守備隊を志願したが。


179.ひょっとして最年長さん

消防6年、運動会前日、走路と観客席を分けるロープを通す「杭」を
打ち込むのを手伝っていた。
A君が杭を押さえ、漏れが超特大トンカチで打ち込む。
手が滑って、トンカチの代わりに漏れの左手人差し指で杭を打った。
もちろん、指の上には特大トンカチの重量が。当然のごとく骨折。
今から考えると、A君の上に特大トンカチを落とす可能性もあった。


180.

俺の卒業した高校のお話。聞いた話です。
修学旅行で京都の旅館に泊まってたとき、高三だからもう18(中には
20越えてるやつとかもいたりして)なわけで、当然夜中は宴会でもして
盛り上がります。自由放任な校風だったからか、教員が面倒くさかった
のかは知りませんが、見回りなんて無粋なものはなかったらしいです。
そして、宴もたけなわな頃に酒が切れたため、何人かで酒を買いに外に出かけ、
一升瓶を5〜6本買って旅館への帰路の途中に事件は起きたそうです。
歩いてるととても綺麗な庭園らしきものがあったので、そこで軽く
酒盛りをしようと言うことになり、侵入して酔いも手伝い、一升瓶を
ラッパ飲みして盛り上がっていたところになぜか重装備のポリス登場。
なんとそこは京都御所の一角で、赤外線センサーに引っかかったため、
機動隊(?)が出動してきたとか。時あたかも学生運動が最も盛り上がっていた
頃だったため、一升瓶を振り回してる姿はまるで過激派が火炎瓶を
手に暴れているように見えたそうです。そんなこんなでその事件以来
その高校では修学旅行が中止になってます。今でもそのまま。

他にも、重要文化財になっている御神木だか何かに名前を彫ったとか、
酔っぱらって旅館の3階からダイブした奴が居たとか、自由時間に
見に行ったストリッパーに惚れて、告白して断られ修学旅行中に
「曰く不可解」という遺書を残して自殺した人がいたため、など
色んな事件があって、度重なる不祥事に大学側(附属高校だったので)
がブチ切れて修学旅行無期限停止を言い渡してきたとか(笑)



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